タバコはちょっとした少数民族問題かも。

突然ですが、禁煙しました。正確には、ふと気づいたら禁煙していました。

煙(紙巻タバコ)で言えば1年くらい、蒸気(IQOS)で言えば3ヶ月目です。吸わなくなって。

特にやめようと思ってそうしたわけではないのですが、紙巻タバコをIQOSに代えてから依存度が下がったのか、どんどん本数が減っていき、気づいたときには吸わなくなっていました。20年くらい吸っていたのですが、やめる時は意外とあっさりでした…

さて、今日のエントリーは、タバコをやめたから体調がすこぶるよいとか、太ったとか、朝の目覚めがいいぜ!とか、そういうことを書くつもりはありません。ただただ、気付きがあったのです。

その前に、まず、タバコをやめて感じたのが「煙はめちゃくちゃ臭い」という当たり前のこと(笑)

タバコを吸っている時はさほど感じていなかったのに、禁煙すると、とてつもなく臭く感じます。そして、そのニオイに対する嫌悪感からなのか、タバコに対する異常なまでの抵抗感が芽生えてきます…

たとえば、公道でタバコの火を片手に歩いていたり灰を払っていたりする人を見かけると、「こいつは放火魔なのか!?」くらいに思えてしまいます。

飲食店なんかでも、「なんで他人がメシを食べている横で堂々とこんな迷惑なことができるのか?凶徒なのか!?」なんて喫煙者に対して憎悪の感情が湧き上がってきてしまいます。

公園なんかでも、こどもたちに煙がかかってしまう位置でも悪びれることなくタバコを吸っている人を見かけようものなら「精神異常者なのか!?」とまで感じてしまいます。

多少なりとも自分もやってしまった経験があるくせに、それを完全に棚に上げて、こんなにも嫌いになっているのです…

また、僕に限らず、ネイティブ非喫煙者より元喫煙者の方が嫌煙家が多いような気がします。SNSなんかを見ていても、タバコをディスっている人は元喫煙者が多いなと。

そこで、元喫煙者である自分自身を振り返ってみたいと思います。

タバコを吸っている時は、少なからず人に迷惑をかけている自覚がありました。飲食店や公共の場では、喫煙可であっても喫煙行為に多少なりとも罪悪感がありました。ただ、そういう罪悪感や自分自身がはっきりと認識している「悪」に対して蓋をして、気づかないふりをしたり、正当化してきたわけです。何年も。

がゆえに、完全に棚上げなのですが、長くに渡って魑魅魍魎を押さえ込んできたその蓋を外してしまったせいで、自分の中に巣くっていた「悪」を他人の「悪」に重ね、完膚なきまでに叩きのめしている感じなのかもしれません…

マナーを守っている愛煙家に対してすら、喫煙所からもれた煙のニオイが少しでもすれば、その存在を受け入れがたい感じになってきています。

でも、これって、少し怖いなとも思います…

何が怖いって、マイノリティに対する差別なんじゃないかなと。喫煙者って聞くだけで嫌悪感を抱いているわけですから。

喫煙者って、下手すると、LGBTの人とかよりも差別的扱いを受けているのではないかと感じます。

「受動喫煙による健康被害を完全排除せよ!」なんていうわかりやすい正義は大半の人が大賛成なわけですし、どっからどう見てもそういう主張は「善」なわけで、誰も彼らを守ろうとはしません。

最近では、喫煙者を採用しない企業すらあるようですし、それどころか、国家は喫煙者を生かさず殺さずカネを巻き上げます。タバコ税という形で、社会的弱者である喫煙者からどんどんカネを搾取します。

それを見ても、誰も擁護も救済もしません。どんどんやれ!と言った風潮です。「喫煙人」という人種に対する差別という意味で、レイシストみたいな人たちがわんさかいます…。臭い、臭い、言うわけです。

ともすれば、これは現代社会における新しい少数民族問題なのでは!?と…

ただ、色々と考えてみましたが、それでもやっぱり喫煙者のことを守ろうとは思えませんし、飲食店では煙の無い環境で美味しく食事がしたいので、タバコはなくなればいいかなと思っています。

プライベートスペースならOKかといえばそうでもなく、マンションとかでも配管を伝わって共有スペース等が臭くなるので本当に吸わないでもらいたいです。

棚上げも棚上げですが…

立場が変わるとすぐにこれ(笑)人間って、浅ましく、さもしいですね…